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AIシステムがもたらす介護の革新。人の幸せに寄り添うAIで豊かな超高齢社会を実現

【日経サイエンス特別対談Vol.8】


医療制度改革におけるAIへの期待

 

日本の高齢化率が上昇の一途をたどるなか、厚生労働大臣を務めた柳澤伯夫氏が期待するのは、介護の効率化と被介護者の「幸せ」を両立するシステムの実現だ。AI(人工知能)は、24時間被介護者を見守るシステムなどを実現することで介護者の負担を軽減。より豊かで安心な福祉社会の実現に貢献している。



大田 いま日本の医療は大きな課題を抱えています。高齢者率が上昇を続けるなか、AIをはじめとしたITは、これまで以上に医療・介護に注力していかなければなりません。厚生労働大臣として現在の介護行政の礎を築かれた柳澤先生から、たくさんのことを学びたいと思います。

柳澤 私が大臣に就任した2006年に開始された医療制度改革によって、従来からある介護療養病床を2011年をもって廃止し、介護老人保健施設などへの転換を進めることになりました(転換措置は2017年まで延長)。このとき大変苦労させられました。当時、大田さんが専門とされるAIなどのソリューションがあれば、どんなに楽だったかと思うことがあります。

大田 当時、いちばん必要だった技術は何でしたか。

柳澤 改革の目的の一つは医療費の削減です。患者がベッド(療養病床)にいれば、なんらかの医療行為を施す必要がありましたが、慢性化が進んでいる方では、必ずしも医療を必要としません。これを介護の領域とすれば医療費の削減につながるのです。しかし、どこからが介護の対象になるか判断することは難しく、制度の導入に対する批判も大きかった。AIのように、客観的に判断を下せる情報技術が欲しかったといえますね。

大田 AIの強みは人が経験をもとに評価したデータを学習し、より客観的に判断するシステムを構築できることにあります。ライフログといって国民が一生のうちに受けた医療のデータを蓄積するプロジェクトもあり、それを解析することで医療行為がどれほど体の機能の向上に役立つかを推測できるようになる可能性もあります。


人と機械が介護の役割を分担する

 

柳澤 AIには、もう一つ期待することもあります。介護の現場にいくと、これで本当に幸せなのだろうかと感じることがあります。例えば、手の動きに不自由が生じ、自分で食べ物を口に運びにくくなった人のために食事介助がありますが、被介護者が求める以上のことをすると、自助の心がどんどん萎えてしまい、心の輝きも失われてしまいます。真に幸せな介護を実現するために、AIを役立てることはできないかということです。

大田 役に立てると思います。介護の現場で被介護者が本当に求めるニーズを掘り起こし、それを実現するAIシステムを設計ができるからです。

柳澤 重要な視点は、介護のような仕事の場合、人が行うべき仕事は人が行い、新たなテクノロジーは人ができないこと、人の負担を減らすことから導入するという原則です。例えば、日本の社会福祉法人の草分けともいえる静岡県の「天竜厚生会」には歴代の厚生労働大臣の多くが視察に訪れています。ここで医療機器メーカーが入浴介助ロボットを開発したことがあります。

被介護者をベッドから浴槽まで運んでくれるのですが、被介護者が怖がって役に立ちませんでした。被介護者に直接触れる作業では、どうしても人の手が必要なのです。そのため介護領域で活躍するロボットは、装着することで作業する介護者の腰の負担を軽減するタイプが中心となっています。


画像解析で施設内での転倒を検知


 

医療と介護の効率化により「幸せ」を実現するためのAIスマートシティ構想


大田 逆に、AIが得意な仕事の例としては「転倒検知システム」があります。転倒は介護付老人ホームなどで入居者が寝たきりになるリスクを高めるため、介護者も常に緊張しています。しかし、限られた職員で入居者を常に見守ることは困難なので、AIが館内の画像を高精度に解析し、入居者が転倒したときすぐアラートを出すというものです。このサービスは大手通信システム企業が提供していますが、ArithmerではAIのエンジンの開発を行っています。

柳澤 被介護者の安全に不可欠なシステムといえますね。

大田 現在では、さらに転倒の予測を可能にするシステムの開発にも取り組んでいます。人が何かを拾おうとしゃがむ動きと、転倒の初期の動きを区別することは難しいですが、その前後の人の行動をAIに学習させることで可能になります。例えば、人が視線の方向に動くときは正常な動きですが、そうでない場合は転倒の可能性が高くなります。

柳澤 AIによる「見守り」は、認知症が進んだ入居者の徘徊などの監視にも役立ちそうです。AIは24時間疲れ知らずで働いてくれるので、施設の職員の負担は大きく軽減でき、人にしかできないキメ細やかなサービスに力を注ぐことができます。



人の幸せに寄り添える技術を目指す

 

大田 役に立つAIの開発には、現場のニーズを的確に捉えることと、AIに学習させる良質なデータが不可欠です。Arithmerでは、柳澤先生が社外取締役を務められ、豊富な経験を持つニチイ学館と共同で研究を続けています。実際の現場のニーズを元に新たなシステムの開発にも取り組んでいけるよう提案しています。

柳澤 どのようなシステムですか。

大田 骨折や脳梗塞などによる運動機能障害のリハビリに関するものです。リハビリは、すぐに目に見えた成果が出るものではなく、途中で諦めてしまう人も多いのですが、AIによる画像解析を用いて体の動きをミリ単位で評価できるようにしました。これは高精度の画像から「骨格推定」する技術を応用したもので、理学療法士から「関節の動く範囲が昨日より2ミリ広がりましたよ」と教えてもらえます。

柳澤 単調なリハビリが続くと「何のためにやっているのか」目標を見失ってしまうこともありますが、客観的な情報を示すことで「もう少し頑張ろう」という気持ちにさせてくれますね。今回、大田さんの話を伺ってAIの可能性を実感しました。日本のAIは、GAFAを代表とするようなアメリカや中国と比較して遅れているのかなと心配していましたが、想像以上に頑張っている。

大田 AIの基礎となる数学分野では日本は水準も高く人材も豊富です。確かに一般消費者を対象とした、いわゆるB to Cの領域ではGAFAなどに追いつくのは難しいですが、企業を通じて社会の課題を解決するB to Bの領域ではAIソリューションの作り込みで日本も負けていません。

柳澤 医療は、オンライン診療の広まりや次世代医療基盤法に基づく医療ビッグデータの利活用などITとの結びつきが強まっています。忘れてほしくないのは技術革新にとらわれず、人の幸せに寄り添える革新を目指してほしいということです。

大田 そのことを肝に銘じて技術開発に取り組んでいきたいと思います。


日経サイエンス 2020年12月号


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